SaaSを5つ入れた。営業支援、勤怠、会計、チャット、タスク管理。月額にして約40万。年間で500万近く。
導入した時は、正直ワクワクしていた。ダッシュボードには数字が並ぶ。売上の推移も、勤怠の状況も、タスクの進捗も、全部「見える化」された。
でも半年経って気づいた。見ているのは俺だけだった。
現場は何も変わっていない。営業は相変わらず自分の頭の中で案件を管理している。経理は「入力が増えた」とぼやいている。チャットツールは「既読スルー」の温床になった。タスク管理ツールに至っては、誰も開いていない。
これ、笑い話じゃない。俺が実際に聞いた話だ。そしてこういう会社は、1社や2社じゃない。
「DXやりましょう」と言ってくるベンダーは多い。提案書にはきれいなフロー図が描かれていて、「導入すれば業務効率が30%改善」と書いてある。
でもあれ、嘘じゃないけど本当でもない。正確に言うと「使いこなせば」という但し書きが抜けている。
中小企業の現場はそんなに甘くない。10人、20人の会社で、全員がツールを使いこなすなんてことは、まず起きない。ITリテラシーにばらつきがある。日々の業務に追われている。「新しいツールの使い方を覚える時間」なんて、誰も持っていない。
結果、何が起きるか。社長だけがダッシュボードを見て満足する。現場は「また新しいツールが増えた」と白けている。そのギャップに社長が気づくのは、大体半年後。
500万で買ったのは「仕組み」だった。でも仕組みは、使う人の考え方が変わらない限り、ただの箱だ。
ここで少し、自分の話をする。
俺はNECにいた頃、大企業向けのシステム導入をやっていた。数億円規模のプロジェクトで、要件定義から運用設計まで、きっちり作り込む。マニュアルも研修も、全部セットだ。
それでも現場への定着には苦労した。大企業でさえそうなのに、10人の会社に「ツール入れたから使ってね」で済むわけがない。
独立して中小企業の現場に入るようになって、そのギャップを嫌というほど見た。社長は「最新のツールを入れた」と誇らしげ。でも現場は「Excel でよくないですか?」と思っている。
その溝を埋めるのは、ツールの機能でもマニュアルでもない。「なぜこれを使うのか」「自分の仕事がどう変わるのか」を、一人ひとりが腹落ちすること。そこしかない。
でも従来のDXの進め方は、ツールの操作研修が中心だった。「ここをクリックして、ここに入力して」。それは「使い方」であって「考え方」じゃない。
ある製造業の会社で2日間のAI研修をやった。従業員30人。事務が5人、営業が8人、残りは現場。社長が「DXに投資したけど成果が見えない。AIで何か変えられないか」と相談してきた。
初日、俺はいきなりAIの話はしなかった。
最初にやったのは、全員で「自分の仕事を5つに分ける」こと。
営業なら、見積依頼を「集めて」、過去の実績を見ながら金額を「考えて」、見積書を「作って」、上長に「確かめて」もらって、顧客に「届ける」。
経理なら、請求書を「集めて」、勘定科目を「考えて」、仕訳を「作って」、残高と「確かめて」、月次報告を「届ける」。
全員に自分の仕事でやってもらった。付箋に書いて、ホワイトボードに貼る。ここまでは普通の業務整理だ。
次に聞いた。「この5つの中で、あなたじゃなきゃできないのはどれ?」
ここで空気が変わった。
みんな黙って付箋を見つめていた。そして気づき始めた。「集める」と「作る」と「届ける」は、自分じゃなくてもいいんじゃないか。本当に自分の頭を使っているのは「考える」と「確かめる」だけだ。
5つのうち3つは、手を動かしているだけだった。
初日は業務の分解と、AIに何を任せられるかの仕分けで終わった。この時点では、まだ誰もAIを触っていない。
2日目の朝、全員にChatGPTのアカウントを配った。そして1つだけ課題を出した。
「昨日分解した自分の業務の『作る』を、AIにやらせてみてください」
俺はプロンプトの書き方を細かく教えたりしなかった。「AIに仕事を頼む時は、新人に仕事を教えるのと同じです。背景を伝えて、何が欲しいか言って、条件を添える。それだけです」とだけ言った。
30分くらい、みんな黙々と画面に向かっていた。最初は戸惑っている人もいた。でも隣の人が「おっ」と声を上げると、周りも覗き込む。そうやって、少しずつ空気が変わっていく。
昼前に、事務の女性がこう言った。
「見積書の下書き、3分でできました」
彼女は普段、見積書の作成に1件あたり30分かけていた。過去の類似案件を探して、単価を調べて、フォーマットに打ち込む。それをAIに任せたら、3分で下書きが出てきた。
しかも、誰にも教わっていない。研修で「業務を分解する」「AIに任せる部分を見極める」「新人に教えるように頼む」という考え方を掴んだだけだ。具体的なプロンプトのテクニックなんて、一つも教えていない。
考え方を手に入れた人は、自分で動ける。これがDXとの決定的な違いだった。
DXに500万かけた時、この会社は「仕組み」を買った。営業管理の仕組み、勤怠管理の仕組み、会計処理の仕組み。全部、誰かが設計した「箱」だ。
箱は便利だ。でも箱の中に何を入れるかは、使う人次第。そして箱の使い方がわからない人は、箱を開けすらしない。
AI研修の2日間で、この会社は「考え方」を手に入れた。仕組みではなく、自分の仕事を分解して、AIに任せるべき部分を自分で判断する力。
仕組みは、使わなくなったら終わりだ。解約すれば消える。でも考え方は、一度身につけたら消えない。
この違いは、時間が経つほど効いてくる。
研修が終わって3ヶ月後、社長から連絡が来た。「ちょっと聞いてほしいことがある」と。
てっきり何かトラブルかと思った。でも違った。
「現場から『これもAIでできないですか?』って聞かれるようになった」
営業が、顧客への提案書の下書きをAIで作り始めていた。経理が、月次の仕訳チェックにAIを使い始めていた。誰に言われたわけでもない。研修で身につけた「考え方」を、勝手に別の業務に応用していた。
社長はこう言った。「DXの時は、俺が『使え使え』と言い続けて、結局誰も使わなかった。今は俺が何も言わなくても、勝手にやっている」。
これがトップダウンとボトムアップの差だ。仕組みを上から降ろしても人は動かない。でも考え方を手に入れた人は、自分から動く。
ここで誤解されたくないのは、DX自体が悪いと言いたいわけじゃないということ。
SaaSは道具だ。道具は使い方を知っている人が使えば、ちゃんと効果が出る。問題は「使い方を知らない人に道具だけ渡す」こと。包丁を渡しても、料理の考え方を知らない人は料理できない。
実はこの会社、AI研修の後にDXのSaaSを「使い始めた」。放置していた営業支援ツールに、AIで作った提案書の下書きを流し込む。勤怠データをAIに読ませて、シフトの最適化を考えさせる。ツールの使い方が変わったのだ。
AIが入ることで、既存のDXツールも生き返った。500万は無駄じゃなかった。ただ、順番が違っていた。
よく聞かれる。「うちは ITに詳しい人がいないんですけど、大丈夫ですか?」
大丈夫だ。むしろ IT に詳しい人がいない会社のほうが、変化が大きい。
なぜか。IT に詳しい人がいる会社は「AIは自分が管理するもの」と考える。つまり、またトップダウンになる。一方、詳しい人がいない会社は、全員が同じスタートラインに立つ。誰かに頼るのではなく、自分でやるしかない。その「自分でやる」が、実は一番強い。
研修で俺がやっていることは、特別なことじゃない。自分の仕事を5つに分ける。AIに任せる部分を見極める。新人に教えるように頼む。たったこれだけ。
でも「たったこれだけ」を、自社の業務に落とし込む作業は、一人ではなかなかできない。自分の仕事は「当たり前」になりすぎていて、分解するのが難しい。だから2日間、一緒にやる意味がある。
最後に、見積書を3分で作った事務員の話をもう少しだけ。
彼女はその後、見積書だけでなく、納品書、請求書、月次報告書のフォーマットを全部AIで作り直した。前任者から引き継いだExcelのフォーマットをそのまま使っていたのを、一から整理し直したのだ。
社長に「なんでやろうと思ったの?」と聞かれた時、彼女はこう答えたらしい。
「研修で業務を分解した時に、自分が何も考えずに手を動かしていた時間の多さに気づいたから」
ツールを入れても、この気づきは起きない。自分の仕事を自分で分解して、初めてわかることがある。
500万のDXでは変わらなかった会社が、2日間で変わった。正確に言うと、変わったのは会社じゃない。人の考え方が変わった。そしたら、会社が動き出した。
考え方が変われば、全部変わる。俺が現場で見てきた中で、一番確かなことだ。